法科大学院は廃止したほうが良い・・・けど、

破綻している法科大学院制度

 現在、裁判官や検事や弁護士といった法曹になるためには、法科大学院を卒業して、司法試験に合格する必要があります。昔は、誰でも司法試験を受験できた(旧司法試験)のですが、法科大学院を卒業しなければ受験できない制度に変わったのです。私も、法科大学院を卒業して、司法試験に合格しました。

 その法科大学院ですが、志願者数が激減しており、今年度は、立教大学青山学院大学などの有名大学まで募集停止となりました。文部科学省は、大学の法学部と合わせて5年で修了できる法曹コースを創設するなど、改革を実施していますが、焼け石に水と思われます。ここまで明白に失敗した制度改革というのも珍しいと思います。

 そもそも、法律の勉強というのは、機材を用意して実習をしなければならないということもなく、六法と教科書だけあれば十分できるので、自学自習に馴染むものです。教育機関というのは、必ずしも必要ありません。講義や演習をするとしても、あくまで初学者導入講義や要所要所の補助で十分なのです。それなのに、高い学費を払って、司法試験に役に立たない学者の講義を聞かされるのでは、法曹を要請しているというより、試験勉強の邪魔をしていると言っても過言ではないでしょう。

 私の場合も、法科大学院の講義で、合格の役に立ったものは皆無です。もちろん、あくまで法律の講義をするわけですから、全く、知識の確認や補充の意味がなかったとは言いません。しかし、本来、自学自習で十分なところを、わざわざ時間と費用をかけなければならなかったのですから、控えめに言っても、勉強の妨害でした。私が合格したことを法科大学院の教育成果だなどと言われると、憤慨するしかありません(別に、大学の講師陣に文句を言っているのではなく、制度がおかしいということです)。

 そして、弁護士数を増やし過ぎたことにより、弁護士の経済的環境はどんどん悪化しており、若者が時間と金をかけてまで取りたい資格ではなくなってしまいました。志願者の激減は、下落した資格の価値と比較して、法科大学院という制度が重すぎることが原因なのです。

現役弁護士の複雑な心境 

 もはや、法科大学院制度は破綻しており、理性的に政策論を語るなら、即刻廃止すべきでしょう。このまま志願者が減り続け、優秀な人材が来てくれなくなれば、業界としても困ります。

 ところが、弁護士として、個人的感情論を語るなら、真逆の意見もあります。

 法科大学院の志願者激減は、主に、弁護士増加による収入減少や、新人弁護士の就職難が原因です。結局、法科大学院に時間と金を費やして得られるのが、経済的見返りの乏しい資格というのでは、誰も弁護士になりたがらないということでしょう。

 逆に、法科大学院卒業が司法試験受験の条件でなければ、もっと弁護士になりたがる人はいるはずなのです。たとえ経済的価値が下落したとしても、自学自習だけで挑戦できるのであれば、資格を取ろうと考える若者は大勢いると思います。つまり、法科大学院の存在こそ、司法試験合格者の増加に歯止めをかけるストッパーとして機能しているのです。

 司法制度改革は、受験生を苦しめ、弁護士を激増させて経済的困窮に追い込んでしまいました。しかし、皮肉なことに、いまとなっては、法科大学院こそが、更なる弁護士の経済環境悪化をギリギリのところで阻止しているとも言えるのです。

 弁護士を増やし過ぎることによる社会的弊害は徐々に認知されてきています。我々の仕事は紛争を扱うので自由競争には馴染みません。しかし、まだまだ、弁護士は殿様商売を止め自由競争すべきだという意見も根強く残っています。今、法科大学院制度が廃止されてしまうと、司法試験合格者増へ、再び舵が切られてしまう恐れがあります。

 法科大学院には、もうしばらく、国民の税金と若者を食い物にする制度として存在し続けてくれたほうが、現役の弁護士にとっては都合が良いと言わざるを得ないでしょう。