あくまで法律のはなし

なぜか福岡で働くことになった弁護士が、なぜか福岡で独立しなければならなくなったブログ

なにもしていないTOKIOのメンバーが会見することについて

 以前、山口達也氏の件について、実名報道は仕方ないと書きましたが、TOKIOの会見をみて、異常だと感じる人もいるようです。
 なにもしていない他のメンバーが謝罪するのもおかしな話だという感覚は分からなくもありません。たとえば、成人の犯罪で、親に取材して、謝罪を報道するような真似は、私も嫌いです。

 しかし、前に書いたように、TOKIOが売っているのはイメージなので、イメージを毀損する事故が発生したら、職業人の社会的責任として説明の場を設けなければならないという考え方は、そんなにおかしいでしょうか?また、これからもイメージを売っていかなければならないTOKIOとして、ダメージコントロールをするのはいけないことでしょうか。もちろん、他のメンバーには何の責任もありませんが、不可抗力で取扱い商品(TOKIOの場合は、TOKIOとしてのイメージ)の価値が毀損するのは、商売をしていれば良くあることです。
 また、「悪くないのに謝罪する」という行為は、マス(大衆)を相手にイメージを売る仕事をしていれば、やむを得ないのではないでしょうか。TOKIOがイメージを売っているのは、必ずしも、「悪いのは山口達也だけで、他のメンバーは関係ないじゃん」という区別ができる人だけじゃないと思います。ひとりひとりは違う人間なのに、TOKIOTOKIOとして好きなファンがいるのだから、今回の事件で、TOKIOTOKIOとして嫌いになる場合だってあるはずです。
 それに、山口氏一人の行為は、他のメンバーには関係ないと思える人でも、会見で謝罪することに対して、不快感を覚える人は少数派ではないでしょうか。最近、「見え見えのゴマすりであっても、ゴマをする方が出世する」という記事を見かけました。例えが適切ではないかもしれませんが、内実が伴わなくても良い印象を与えることは大事という意味では、似ています。全く責任が無いことでも、責任を感じて謝罪したことに対して、悪い印象を持つ人はいないのではないでしょうか。

 まるで連帯責任のように記者会見でスーツをきて並んでいるメンバーをみて、「日本は変な国だ。異様だ。」と感じる気持ちも分かるんですが、仕事の性質から考えれば、私には、正しい対応だったとしか思えないんですよね。
 「正しい対応だということに異論はないが、それが正しい対応になってしまう日本という国が嫌だ。」という人もいるでしょうけど、もし、日本が、そこまで個人を厳格に切り離して評価する社会だったら、そもそもグループをアイドルとして売っていく商売なんて成り立っていたのでしょうか。