あくまで法律のはなし

なぜか福岡で働くことになった弁護士が、なぜか福岡で独立しなければならなくなったブログ

刑事弁護と専門職

 前回、刑事事件の示談について書きましたが、実際のところ、1年間に経験する示談交渉の数というのは、私の場合、せいぜい1件か2件です。

 私は、国選弁護しかしておらず、基本的に私選はやりません。そうなると、1年間に担当する国選刑事弁護は4件~5件で、そのなかで、示談交渉が必要な事件は、1件~2件といった確率になるわけです。1年を通じて、示談交渉が必要な事件に1件も当たらないということもあり得ます。

 

 さて、今回は、示談の話ではなく、この国選の担当件数と報酬、そして、刑事弁護の捉え方です。

 私の場合、1年間に経験する国選刑事弁護が4件~5件ですが、裁判員裁判をしない限り、これによる売上は50万~60万といったところでしょう。1件あたり、公判までいけば16万~25万(再逮捕で被疑者国選の期間が長くなることもあるので20万を超えることもある)くらいになるのですが、すぐ不起訴になったり、すぐ示談が成立したりすると、1件あたり10万未満ということもあります。弁護人に選任されて接見に行ってみたら、被疑者に知的障害があったので、すぐ釈放されて、結局、1回しか接見に行かなかった事件もありました。そのため、事件ごとにばらつきはあるのですが、1年を通して考えると、50万~60万になることが多いと思います。

 しかし、1年を通して50万~60万では、独立して事務所を維持するどころか、弁護士会費にも足りません。もちろん、売上がある以上は、それが所得に貢献しているということになるのでしょうが、刑事弁護は、接見に行く移動時間がかかる関係上、拘束時間が長く、その時間を他の事件処理に充てていれば、もっと売上を上げられたかもしれず、とてもではありませんが、有難い収入とは言えません。

 そして、この売上では、「果たして、私は刑事弁護の専門職と言えるのだろうか」という疑問を感じることがあるのです。これは、あくまで感情的な問題というか、感覚的なものなのですが、いかに適正に刑事弁護を処理していたとしても、民事と比較して、売上に占める割合が小さく、年間の弁護士会費にも届かないのであれば、「刑事弁護で食っている」という感覚は持てません。「専門職」というのは、「専門知識で」「生活する職業」だと思います。どれほど研鑽を重ねて専門知識を身に着けても、それで生活できていないのであれば、それは専門職と言えるのでしょうか。

 また、単に収入面だけではなく、年間を通じて担当する刑事弁護件数についても、同じことが言えます。国選は、その名の通り、国に選任される仕事なので、基本的に、自分から取りに行くものではありません。したがって、仕方ない側面もあるのですが、この件数では、民事と比較して、割いている時間が相当少ないことは否めず、自分が専門家を名乗っても良いのだろうかという感情を持ってしまうのです。これは、自分に刑事弁護の能力が、実際のところ、どの程度あるかとは別の話です。たとえ司法試験に合格し、司法修習を経て、ある程度の実務経験を積んでいて、適正に処理する能力があるのだとしても、やはり、単純に数をこなしているかどうかというのは、専門職であるとい感覚を持つためには重要なポイントではないかと思うのです。

 まだ弁護士人口は増え続ける予定です。国選刑事弁護の担当件数は、犯罪が増加しない限り、減り続けるでしょう。件数が減れば、当然年間売上は更に減ります。そうなったとき、自分に刑事弁護をする資格があるのかと自問自答する日が来るのではないかと心配しています。

 

 弁護士の仕事は、刑事弁護と民事訴訟の代理のほかにも、交渉だの契約書チェックだのと多岐にわたります。なかには法廷に全く立たない弁護士もいます。しかし、刑事弁護と訴訟代理は、資格の設計上は、弁護士業務の二大柱といって良く、この二大柱の一柱の売上が、弁護士会費にさえ届かないというのでは、資格職の扱いとしては歪(いびつ)な状況ではないかと思っています。単純に、国選弁護報酬を増やしてほしいという気持ちもありますが、それが国家予算上困難というのであれば、弁護士会側が、刑事弁護を担当する人員を限定し、経験値と報酬を一部の弁護士に集約することも考えざるを得ないのではないでしょうか。