裁判所の外で事実を認定する必要性

  少し古いニュースですが、日大アメフト部の反則について、関東学生連盟が、内田前監督と井上前コーチを除名処分にしたという毎日新聞の記事から引用です(2018.5.30付)。

日本大アメリカンフットボール部による悪質タックルについて調査した関東学生連盟は29日、内田正人前監督(62)と井上奨(つとむ)元コーチ(29)を最も重い除名処分としたと発表した。事実上の永久追放処分となる。内田前監督と井上元コーチの主張は虚偽と断じ、反則行為を指示していたと判断した。

 この処分において、注目すべきなのは、内田前監督や井上前コーチの言い訳を「嘘」であると認定し、選手との間で認識の乖離があったという日大の主張をバッサリ排斥して、「怪我をさせろ」という指示があったと結論付けていることです。

一方、内田前監督や「相手QBをつぶせ」と指示した井上元コーチの発言に関し、「選手の受け取り方に乖離(かいり)が起きた」とした日大側の主張について、森本委員長は「指示にはけがをさせてこいとの意図が込められており、認識の乖離は存在しない」と判断。

  言うまでもありませんが、たとえスポーツの試合中であったとしても、明確に反則で怪我をさせろと指示すれば、(教唆なのか正犯なのかはともかく)傷害罪という犯罪になります。つまり、内田前監督らは、犯罪の嫌疑をかけられ、犯罪をしていないと弁解している状況なのです。

 通常、犯罪の嫌疑をかけられた人について、有罪前提の報道をすることは、批判的に見られます。逮捕されたというだけで、マスコミにより、実名報道がなされ、プライバシーが暴かれることに対して、無罪推定の原則を理解していないと苦言を呈されるのが常です。その考え方からすれば、犯罪行為の有無が問題になっているときに、しかも本人が否定しているのに、裁判所の外で、民間企業や団体が、有罪認定してしまう行為は望ましくないという考え方もできそうです。

 しかし、現実には、組織として、裁判所の結論を待たずに、一定の結論を出すことが求められる場面はあるわけです。もちろん、裁判所が結論を出すまで、身分を凍結したりして、保留にする手法もありますが、身分の凍結が不当だと損害賠償請求される可能性もありますし、社会の耳目を集めてしまうと、社会的批判を避けることも必要になってきます。その場合、裁判所の結論を待たず、独自に事実認定をする必要が出てくるのです。今回の日大アメフト部事件ように、当事者の弁解を虚偽と断じることさえ検討しなければなりません。

 

 こういった事実認定は、弁護士の得意技です。

 「事実認定」というのは、真相の解明とはイコールではありません。これは、裁判上の事実認定でも同様です。

 たとえば、学校におけるイジメ自殺が発生した際、よく教育委員会などが、「イジメはあったが、自殺との因果関係は分からない」などと結論付けたりしますが、神の視点から「真相の解明」をしようと思えば、そうなるでしょう。イジメは客観的な事象ですが、自殺の動機は本人の内面なわけですから、他人には判断不能です。しかし、このような事実認定が常識に反するということは、多くの人が、感覚的に分かるのではないでしょうか。「イジメ以外に自殺する理由なんかないじゃないか」と思いますよね。

 弁護士というのは、このような問題について、事実認定する手法に精通しています。普段、刑事弁護において、殺意があったかなかったか、覚せい剤であるという認識があったかなかったか、犯罪にかかわる金であることを知っていたか知らなかったか、などが問題になっているからです。また、被告人や証人の供述が、真実なのか嘘なのか、もし嘘というなら、なぜそのように判断できるのか、なども良く問題になります。

 もちろん、弁護士でなくても、一定程度の知性があれば、感覚的に、事実認定が可能です。裁判員裁判に一般市民が参加するのは、それが前提になっています。しかし、法律家は、一般市民が感覚的にしか説明できないことを、言語化して文章で説明することに長けています。単に結論を出すだけではなく、世間の納得を得るためには、その結論に至った理由を言語で説明できなければなりません。また、不利な認定をされた当人が反論してきた場合に、これを跳ね返すだけの説得力を持たせる必要があります。

 今回の日大アメフト部の件についても、内田前監督らは、怪我をさせろという指示を否定しているわけですから、彼らを処分するには、その前提として、真実か嘘かを判断しなければなりません。そして、本人らに不利益を科す以上、結論を出すにあたっては、なぜそのように判断したのかを説明できなければならないのです。

 

 民間企業や団体などで、裁判外における事実認定が必要になった際、弁護士が積極的に活用されることを期待しています。それは、単に、弁護士の仕事の幅が広がるというだけではなく、嘘やごまかしが、きちんと理由付きで否定される社会が望ましいと思うからです。最終的には、裁判所が判断する場合もありますが、裁判所の判断には時間がかかるうえ、民事では和解で終わるケースも多く、必ずしも、詳細な事実認定がなされるとは限りません。かといって、マスコミなどが、視聴者の期待に応えるために、一方的な見解を垂れ流すのも望ましいことではありません。

 裁判外において、専門家の関与のもと、詳細な事実認定を行い、一定の結論を出すことの意義は、近年、高くなってきているのではないでしょうか。