あくまで法律のはなし

なぜか福岡で働くことになった弁護士が、なぜか福岡で独立しなければならなくなったブログ

司法試験に法科大学院はもはや無意味?

西南学院大学法科大学院が来年度の募集を停止しました。

そんななか、読売新聞のコラムです。

www.yomiuri.co.jp

法科大学院の惨状が概ね正確に説明されており、一般の方には参考になる記事です。

私から、いくつか補足解説を。

法律関連職につけない「法務博士」

 三振(五振)した後、研究職を養成する大学院の博士課程を修了し、「法学博士」の学位を取得しても、大学や研究機関で職に就ける保証はない。その時点では30歳を超えているケースが大半とみられ、公務員、民間企業への就職も年齢的に厳しい。つまり、法曹資格を持たない“三振(五振)法務博士”の行き場は無いに等しい、ともいえるのだ。

 これらの法務博士たちの中は、予備試験を受験し直したり、法科大学院に再入学したりして法曹資格をつかみ取った「復活組」もいるにはいる。しかし、夢破れた多くの人のその後は「よくわからない」(兵庫県弁護士会所属2年目弁護士)というのが実態だ。

 その大半は、民間企業の法務部門などに就職したか、あるいは非正規雇用で食いつないでいるか……。いずれにせよ法曹以外の進路を歩んでいるとみられる。

私の知人で、私が把握している限りの進路としては・・・

行政書士事務所開設→安定収入のある夫がいる

②民間企業へ就職→もともと社会人経験者だった

③専業主婦→安定収入のある夫がいる

④裁判所事務官→26歳~27歳までに公務員転向

⑤県庁・市役所→同上

法科大学院へ入学し直し→30歳越え

感覚的には、コミュニケーション能力に問題がなく、ほかに選択肢がある人は、せいぜい2回受験して合格できなかった時点で諦めた様子です。26歳~27歳までに進路変更できた人は、法律関連職に就けないというわけではなく、裁判所事務官としては採用されている例があります。また、県庁や市役所等の公務員になっている例もありますね。そもそも、法律の知識などというのは、民間企業では生かす機会に乏しく、高度な専門知識が求められる法務部があるのは大企業だけで、そういう大企業は、新卒で法学部卒を採用して、配置転換しながら、ゼネラリストとしてのキャリアを形成させ、適性をみながら、最終的に、法務部員として育成していく例が多いのではないでしょうか。在野の法律家などというのは資格がなければ存在しえない職業で、あくまで法律職というのは公務員が原則だと思います。

なお、社会人経験なしで、三振してから進路変更した事例は、知人の範囲では把握していませんね。どういう生活をしているのかよくわかりません。

進路変更のことも考えると、法曹界へ挑戦するなら若いうちにというのは当然でしょう。なぜ、老人の都合で、若者が高い金を払って、無意味な教育を受けに行かなければならないのでしょうか。「無用の長物」というのも適切な表現だと思います。

市民にとっての良い弁護士

 学力・知識を武器に最短ルートを進む「予備試験組」と、“回り道”にも見える「法科大学院組」。法曹界では両者の評価に大きな開きがある。しかし、市民にとっての“いい弁護士”とはどういった弁護士だろう。少なくとも、若くして司法試験に合格したエリートとは限らないのではないだろうか。

 筆者は、依頼者の声にしっかりと耳を傾け、ニーズに的確に応えて、事件をきちんと処理してくれる弁護士こそが、いい弁護士だと考えている。それは絶対に学力だけでは測れないはずだ。司法試験合格後に入所する、司法研修所のカリキュラムをより充実させ、リーガルマインドとコミュニケーション力を高めることこそが急務である。

 まあ、一般論としては異論のない意見ですが、「依頼者の声にしっかりと耳を傾け、ニーズに的確に応えて、事件をきちんと処理してくれる弁護士」になろうと思ったら、「若くして司法試験に合格」したほうが良いと思います。

まず、若くして合格すると、良い事務所に就職することができ、そこで多様な事件に触れることができます。経済的に恵まれていると、勉強のために不採算事業に取り組む余裕も生まれるので、金にならない仕事もやりたいなら、むしろエリート弁護士になるべきなのです。

そして、依頼者の声にしっかりと耳を傾け、ニーズに的確に応えて、事件をきちんと処理するためにも、早くから弁護士になったほうがよいのです。それなりに経験を積まなければ、なかなか弁護士に依頼する人のニーズを的確に把握することはできません。どの業界にも、その業界特有のニーズがあり、それを正確に把握するためには、業界内で経験を積む以外にないのです。

更に、弁護士になった後、会社員や公務員に転向する可能性も残すには、やはり、早くから弁護士になったほうが良いでしょう。弁護士だけではなく、どの仕事でもそうですが、なってみたら合わなかった、適性がなかったということも考えられます。そのとき、違う進路を選ぶためには、若さとフットワークが必要になるのです。自分に適性がないと気づいていながら、生活のためにズルズルと弁護士を続ける人が続出することは「市民のため」にはなりません。「市民のため」にも、可能な限り若いうちに弁護士になれる道(予備試験)を確保しておくべきでしょう。

それにしても、司法制度改革で短縮化された司法修習の充実を主張しているのは、もはや旧試験時代へ回帰を主張するも同然でしょう。いよいよ法曹養成制度改革も、失敗を認め、全面的な後戻りを模索するべき時にきているのではないでしょうか。