あくまで法律のはなし

なぜか福岡で働くことになった弁護士が、なぜか福岡で独立しなければならなくなったブログ

紛争は派生する

社会の隅々に法の支配を。

そのような掛け声で行われた司法制度改革でしたが、私は、通常のサービス業と同じくらい気軽に弁護士に依頼できる社会を目指すべきだとは思っていません。弁護士に依頼する(=司法制度を利用する)というのは、基本的に、慎重に検討して決断すべきことであって、他者との敵対関係を顕在化する以上、気軽にすべきことではないからです。

もちろん、泣き寝入りが常態の社会が望ましいとは思っていません。しかし、美容室や引越業者や旅行代理店を利用するような気軽さで弁護士に依頼するというのは、どのようなサービス業としての工夫を凝らしても不可能です。弁護士が顧客獲得競争を迫られ、気軽に依頼できることを強調して集客するようになれば、社会的な害悪は大きいと思います。

その理由のひとつは紛争は派生するというところにあります。

たとえば、会社に残業代を請求すると、逆に、会社の備品を損傷したとか、過失で損害を与えたという理由で損害賠償を請求されることがあります。このような会社側の反撃は、往々にして、言いがかり的なものであり、容易には認められません(人間はミスをする生き物なので、それを使って利益を上げている以上、逆に、労働者が過失で会社に損害を与えても、よほど重い過失でなければ、賠償義務を負わないという考え方)。しかし、会社に残業代を請求するということは、逆に金銭を請求される立場に置かれる可能性も覚悟しなければならないということです。このような反撃は、残業代請求だけではなく、あらゆる紛争で想定される事態です。

あるいは、訴訟提起したことそのものが不法行為であるとして損害賠償請求される場合もあります。これも容易には認められません(事実上法律上の根拠を欠き、請求が認められないことが明らかである場合など、訴訟提起そのものが違法と評価される場合でなければならない。訴訟は紛争解決の手段として国民に保障されており、訴訟提起そのものが簡単に違法と評価されてしまうと、国民は訴訟提起を躊躇し、絵に描いた餅になってしまうから)。ただ、最終的には認められないとしても、すべての訴訟提起には、不当訴訟として損害賠償請求されるリスクがあるということになります。

すなわち、あらゆる紛争は派生する可能性を秘めており、こちらが法的措置を取るなら、相手も法的に攻撃してくる可能性があると考えなければなりません。事前に予期できる範囲であれば、弁護士から忠告を受け、心の準備をすることもできますが、予想できない反撃を受けることもあります。たとえ、法的に認められない反撃であっても、当事者としては、言い知れぬ不安感と戦わなければならないでしょう。

また、法廷外で犯罪に相当する報復を受けることもあり得ます。暴行・傷害・殺人など、法的措置を取られたことに立腹して報復を企てる可能性もあります。訴訟というのは、端的に言うと「自分は正しく、相手は間違っており、金払え」というものですから、これを受けた側としては、たとえ法的責任があったとしても、怒りの感情にとらわれることが避けられません。人間というのは、自己に対する攻撃に対しては、それが自業自得であっても、怒るものなのです。

 

通常のサービス業では、集客のために、いかに気軽に利用できるかが競われます。利用に至る心理障壁を取り除き、可能な限りリスクを取らなくて良い体制をアピールするのが常道です。しかし、相手からの反撃リスクというのはコントロール可能なものではありません。したがって、リスクを取り除くことには限界があります。

そこで、効率的な集客のためには、可能な限りリスクを感じさせないことが重要です。幸い、訴訟沙汰においては、「我こそが攻撃する側であり、相手から反撃されるはずがない。」と思い込んでいる人が多いので、その思い込みを大切に温存してあげれば、依頼者は、勘違いしたまま弁護士に依頼する可能性が高くなります。

しかし、それが依頼者本人にとってはもちろん、社会にとっても良いことだとは思えません。

 

ところで、紛争が派生した場合、それに関する弁護士費用をどうするかは弁護士によって異なります。

派生紛争は、法的には別個の紛争です。「残業代を払え」と「壊した備品を賠償しろ」は別個の事実に基づく別個の請求だからです。しかし、従業員が残業代を請求しなければ、会社としても報復措置を取らなかったとしたらどうでしょうか。それは、法的には別個の紛争でも、残業代請求に端を発する反撃行為に過ぎないので、依頼者としては、残業代請求事件の一部として処理してほしいと思うでしょう。

しかし、弁護士によっては、そのような場合であっても、個別の紛争として取り扱い、別途、着手金や成功報酬を徴収している例があります。小規模な法律事務所であれば、弁護士との話し合いによって、報酬を調整することも可能ですが、昨今、組織的に事件を処理している新興の大規模法律事務所では、現場の弁護士に弁護士費用を柔軟にディスカウントする権限が与えられておらず、弁護士費用を支払わざるを得ない例もあるようです。

依頼者としては、すでに着手金を支払い、紛争を顕在化させてしまった以上、派生紛争が発生しても、依頼を取りやめる選択肢は失われており、費用を請求されれば、支払わざるを得ない立場に置かれてしまいます。

もっとも、弁護士が新たに費用を徴収するのが全ての場合で望ましくないというわけではありません。言いがかり的、いやがらせ的な反撃ではなく、会社側の請求にも相応の理由があるケースもあり、それなりに手間暇をかけて別個の紛争を解決する以上、弁護士側もタダ働きというわけにはいかないでしょう。

つまり、派生紛争における報酬の設定というのは、ケースバイケースで弁護士と依頼者が協議すべきものであり、弁護士への依頼が、きちんとした信頼関係に基づいて慎重に決断されなければならず、通常のサービス業と同レベルの気軽さで決断すべきものではない理由です。