あくまで法律のはなし

なぜか福岡で働くことになった弁護士が、なぜか福岡で独立しなければならなくなったブログ

医療がサービス業だったら、患者を待たせてはいけないのか

 なぜ日本の病院は患者を待たせて平気なのかという週刊現代の記事を見ました。
 すでにネット上では反論も出ており、アメリカでは待たせない代わりに医療費が高いとか、フランスでは「バカンスだから予約は3週間後」とか、それぞれの国の医療事情には一長一短があるようです。

 この問題は、医療制度という国家政策にもかかわりますし、医師の人手不足、長時間労働にも関係します。病院の努力不足と言ってしまうのは乱暴です。

 

 しかし、個人的に気になったのは、次の部分です。

『「いい病院」「悪い病院」の見分け方』の著者で、病院のコンサルティングも行う武田哲男氏は「そもそも病院には『サービス業』という視点が欠如している」と語る。
「どの企業でも一番大切にするのが『顧客満足度』です。普通の企業だったら、お客さんに満足してもらえるように、商品を改良し、より使いやすくするなど努力するのは当たり前のことです。
でも病院は違う。何もせずともお客さん=患者が来るし、どのような診療の仕方でも同一の治療なら同じ報酬が受け取れるため、営業努力を怠っている病院があまりに多い」

 なぜ、「サービス業」だからといって、顧客を待たせてはいけないのでしょうか?

 そもそも、営利企業のサービスにおいて、顧客満足度が大切にされるのは、顧客に来てほしい企業側より、選ぶ顧客の立場が強いからに他なりません。ある程度独占的地位を築いている企業でも、マス(大衆)を相手にする業態だと、より多くの顧客に来てもらい、より多くの利益を上げたいと思うので、顧客満足度を大切にするでしょう。

 つまり、サービス業で顧客満足度が大切にされるのは、通常、顧客の方が、力関係において上位にあるからにすぎないのです。

 したがって、同じサービス業であっても、放っておいても客が来るし、今程度の利益で十分と考えており、より多くの利益を上げたいとは思っていない場合なら、顧客より事業者側の立場が上位になるのですから、顧客満足度などというものを大切にしないのは当然のことではないでしょうか? 

 我々は、普段、営利企業の快適なサービスに慣れきっていて、サービス業=顧客に快適を提供するために努力するものと思い込んでしまっています。しかし、「医療サービスは提供するが、待ち時間の快適さは提供しません」というスタンスもありだと思います。契約というのは、本来は対等な立場でするものですから。

 それに、普段、我々は、顧客という立場で営利企業の快適なサービスを享受しまくっているのですから、立場が逆転したときは、待たされるくらい我慢したら良いと思うのです。消費者として神様扱いされるだけでは飽き足らず、病人になってまで神様扱いされたいのでしょうか。

 

 それにしても、専門職の一人として、この記事には色々考えさせられます。

 医療サービスにおいて、病院での待ち時間は「サービスの周縁」です。もちろん、「サービスの中核」は医師の専門知識であり、専門技術です。

 ところが、「サービスの中核」は素人には判断できません。

 そのため、素人目に明らかである「サービスの周縁」ばかり注目され、時には社会的な批判を浴びることになるのでしょう。

 しかし、「サービスの周縁」を充実させるためには、「サービスの中核」を削るのが一番手っ取り早いのです。「顧客満足度」と言いますが、専門的サービスでは、待ち時間とか、アクセスの良さとか、内装の綺麗さとか、職員の礼儀作法とかで「顧客満足度」が決まり、決して「専門知識・技術」では決まりません。「顧客満足度」を追求し始めた病院が、「顧客満足度」では判定できない専門領域を疎かにしていないというのは、薄甘い期待だと思います。

 医療であれば、適当な診療をして、バカスカ患者を捌いていけば、患者を待たせることもなくなるでしょう。

 そして、そのような診療をしたところで、9割9分の患者にとっては、特に問題がないと思うのです。なぜなら、適当に診療をするといっても、一応、医師が診るわけですし、人間には自然治癒力もありますし、もともと風邪などの軽傷の患者もいるからです。そうそう問題が顕在化するものではないはずです。

 したがって、表面上は、待ち時間が少なくなり、患者は大喜び♪♪

 困るのは、そのような体制の医療によって、見落とされたり、手を抜かれたりした運の悪い一部の患者だけですが、それで良いのかという話ですよ。